やさしい古事記講座(186) 大国主51(沼河比売12) 宇摩説解説<古事記歌謡4>
はじめに
前回、宇摩説による古事記歌謡4の語義解説を終えた。今日は、この語義の拠る歌謡の解釈を、先の原文の時に書いた直訳と平行して書いてみよう。今日は細かく説明すると長くなるので、出来るだけ簡潔にした。
判り難いと、先の(184~85)の語義を参照されたい。
なお、<*>内は解説。<>内は歌詞の宇摩説解釈
現解釈と宇摩説
青山に 日が隠らば ぬばたまの 夜は出でなむ
<* これは、夜に訪問した八千矛に、多少の非難と、合わない言い訳でしょう>
<青山に、日が隠れ、真っ暗な夜は(恐ろしい時)、お出でになった>
朝日の 笑み栄え来て タク(楮)綱の 白き腕(ただむき)
<朝日の笑み栄え(の時)に、朝日のような微笑みで来て(欲しい)>
<楮で作った綱のような白い腕>
淡雪の 若やる胸を そだたき たたきまながり
<淡雪のような 白く淡い胸を、育て、タキ(燃やし)、教育して(たたき)まな(学)ばせ、また、学び刈り取りたい>
真玉手(またまで) 玉手さし枕(ま)き
<(そのような)真心(たま)を持った、心(たま)の手を差し出す手枕なら>
百(もも)長に 寝(い)は寝(な)さむを
<百までも長く、添い寝を致します>
あやに な恋(こ)ひ聞(き)こし
<物事の筋目を通しして、恋を成就させてください>
八千矛の 神の命(みこと)
<八千矛の神様>
事の 語り事も 是をば
<この事の、語り伝えのは、 この通り>
かれ(故)、その夜は会わずて、来る日の夜、御合いしたまひき
<この説明は、夜行って合ったというように理解しているが、本当は、朝に来て、いろいろな語りをして、気に入ったから、夜に御合いしたのである。ここを、重視したために、先の歌の意味を失ったともいえるだろう>
上の宇摩説だけを残すと以下のようになる。
<青山に、日が隠れ、真っ暗な夜は(恐ろしい時)、お出でになった>
<朝日の笑み栄え(の時)に、朝日のような微笑みで来て(欲しい)>
<楮で作った綱のような白い腕、淡雪のような 白く淡い胸(心)を、>
<育て、タキ(燃やし)、教育して(たたき)まな(学)ばせ、また、学び刈り取りたい>
<(そのような)真心(たま)を持った、心(たま)の手を差し出す手枕なら>
<百までも長く、添い寝を致します>
<物事の筋目を通しして、(私の)恋を成就させてください>
<八千矛の神様>
<この事の、語り伝えのは、 この通り>
宇摩説の解明では、以上のようになります。これなら、誰が読んでも乙女の恋の歌でしょう。これを聞いた大国主は、納得して、そのまま帰ったのも頷けます。
最後の行、の史学解説は、夜来て、御合いしたとしています。つまり、夜の訪問になっています。しかし、歌は、朝に笑顔で来るように要請しています。したがって、大国主は、朝、笑顔で訪問した筈です。
史学説明は、夜行って御合った(結婚)と理解しているが、乙女心に疎すぎる理解です。本当は、朝に来て、いろいろな語りをして、気に入ったから、夜になって、納得し御合いした。これが普通の理解であろう。
だから、「宇摩説は、翌朝に笑顔で来て、夜までさまざまな話をして、二人が納得して夜結ばれた」、と解釈している。これで、普通に、大国主が素直にそのまま帰った理由も明確であろう。
ここで、原文の時に乗せた「史学の現代語訳」を比較のために再び載せましょう。史学と宇摩説の違いは、大変なものだ。しかも、宇摩説は大国主の歌謡2から、すべて筋が通っている。
角川・現代語訳
青い山に、日が隠れたら、
真っ暗な夜になるでしょう
朝日のお日様のように、にこやかに来て
楮(こうぞ)のつなのような白い腕、
淡雪のような若々しい胸を
そっと叩いて、手を取り交わし
玉のような手をまわして、
足を伸ばしてお休みなさいましょうものを
そんなわびしい思いをなさいますな
八千矛の神様
事の語り伝えは、かうようでございます。
それで、その夜はお会いにならないで、翌晩お会いなされました。
私は素人で、詳細な古代の事(史学・言語学)は知らないが、どちらが、正しいかは、判る。これは、宇摩説と史学の訳を比べれば説明の必要な無いと思う。
原文の時に書いた、史学の批判ももう一度コピーしておいた。
現代語訳も、頭の悪い私には難解です。沼河比売の歌解釈は、余りに、バラバラで、何が言いたいのかすら、理解できません。判るのは最後の行くらいのものです。
こんな解釈を教えられると、学生は、「古事記が嫌い」になるでしょう。歴史を学ぶ人が少ないのに、この解釈。後継者は要らないと言ってる様なものです。
以上で、古事記歌謡4を終わります。
原文の転載に苦労して、先に進めません。しばらく、休みます。その間に、できれば、読みお年などを復習して頂ければ、幸いです。
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