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2008年9月12日 (金)

桃太郎(6) (宇摩説と童話10) 桃太郎の鬼について(1)

  桃太郎の鬼とは

 これまで、鬼は朝廷に不都合な高天原組織の人々を隠す言葉として使われてきた、簡略に説明してきました。そこで、今回は少し詳しく、「鬼」について書いておきます。

 少し話が変わりますが、鬼といえば節分です。節分の鬼は、「福は内、鬼は外!」と、追い払われる存在になります。少し長くなりますが、コピーも入れて置きます。

 この節分は、慶雲三年(706)に文武天皇が初めて宮中で行った事が、続日本紀に出ています。この時に、鬼の追放が朝廷で決まったと言うことです。

 言い換えると、朝廷によって鬼の性格付けが出来た年とも言える。この時から、鬼は隠すオンではなく、追放するものになったと言えます。

 この役割を演じたのが、まだ、国の援助で生活していた仏教です。宇摩説では仏教は本家の神道に変わるものとして朝廷が導入したものだとしています。

 延喜式が900年頃に作られていますが、この中に国分寺の経費が当時の税であった稲束で賄われています。つまり、坊さんは公務員であった。

  節分の行事で、鬼を迎える地域があります。山形の例が有名ですが、お寺でも歓待する行事が残っていたりします。これらは、「節分」で、検索すれば良く判るでしょう。

  節分と鬼(仏教の説明)

 その一つを、「 曹洞宗、長泉寺のホームページ」に、節分の話があるので紹介します。

http://www3.ic-net.or.jp/~yaguchi/houwa/hukuwauti.htm

        *****   コピー   ******

 節分という言葉は、”季節が分かれるとき”という意味ですから、本来は立春、立夏、立秋、立冬などの前日はすべて節分ということになります。ところがいつの頃からか明確ではありませんが、もっぱら立春に限っていうようになりました。

 もともとは中国から伝えられた習俗ですが、我が国でも広く行われるようになり、さらに春を迎えるにあたって邪気や災難を払い、新しい年の豊作・福善を願ったことから、節分と追儺(ついな)の習俗が生まれたようです。

 追儺(ついな)の行事は「鬼やらい」「なやらい」「鬼走り」「厄払い」「厄おとし」「厄神送り」等と俗に称せられ、疫病などをもたらす悪い鬼を駆逐する行事をいいます。

 我が国で、この追儺(ついな?節分)の行事が行われたのは、文武天皇の慶雲三年(706)に宮中で初めて営まれたことが「続日本紀」に書かれています。

 その記事によりますと、慶雲三年には諸国に疫病が蔓延し多くの死者が出たので大いに「おにやらい」したと記述されています。 宮中では官職の者が鬼の姿をして災害や疫病などの災いに見立て、また黄金の仮面に矛(ほこ)や盾(たて)を持った者が豆を撒きながら悪魔悪鬼を追い払い新しい年を迎えたといいます。

 山形市史の生活・文化欄には、豆まきの際「福は内福は内、鬼は外鬼は外、天打ち地打ち四方打ち、鬼の目ン玉ぶっつぶせー」と大声で唱えるとあります。この豆は災難よけになるといってとっておき、山へ行く時や遠出の時に食べます。また自分の年の数だけ食べると、福が授かると信じられています。神を恐れ自然を敬う姿勢がうかがわれます。

 一般的には「福は内、鬼は外」というのが普通のようですが、東京雑司ヶ谷の鬼子母神では「鬼は内、福は内」といいます。「鬼は外」といえば祭神を追い出すことになってしまうからです。

 同じようなとなえごとは山形県山辺町にもあります。JR山辺駅から北西に約3キロ山辺町大寺地区に「鬼の目」という処があります。

 この珍しい地区の由来というのは 《昔、赤鬼と青鬼が隣村の黒鬼にいじめられていたのを村の男が助けた。二匹の鬼はお礼にと片目をそれぞれくれた。

 一つの目は天を見る目で天候を早く察知できる。もう一つの目は地を見る目で水のわき出るところが分かるという重宝なもので、村は豊作となり潤ったというのです。

 そして男亡き後、村人はその二つの目玉を岩の中に埋めて霊を慰めたという。以来岩肌には丸い石が増え続け、後の世も村人達の目には鬼の目のように映ったことからこの地名が生まれたという。》

 以来、鬼の目に住む人達にとって、節分で豆まきをするときのかけ声は「福は内、鬼は内、鬼はござんしょう(よくいらっしゃった)」という豆まきをする習慣が昔から伝わるとい言います。

 さらに、奈良県吉野山の蔵王堂においても、「福は内、鬼も内」というそうです。こちらの場合は、鬼を集めて、お経の功徳、仏の力で改心させようというのです。  <途中略>

 年中行事の上からも招福的な鬼として、秋田県のナマハゲヤマハゲ、屋久島のトシノカミ、鹿児島の下甑島のトシドン、沖縄の赤マタ・黒マタなど「邪気を払い幸せをもたらす鬼」が登場します。

 このように、鬼には「恐ろしい鬼」と「幸せをもたらす鬼(来訪神)」の二種類の鬼が存在することがわかります。

(*太字には私がしました)

        *****         ******

 以上のように、仏教が中心で節分が広がって行きます。しかし、住民の反対が強固で、寺や坊さんの身に危険さえある地域では、鬼の招来をする所が生まれたのです。

 つまり、宇摩説では、これまでお世話になった、高天原の組織の人を、権力者が変わったからと、言う通りには出来ないと、断った地域に、鬼を歓迎する行事が残ったと解いています。

 また、年中行事の方が後から出来たように書いていますが、これは逆であり、これらは、稲の藁を使った鬼であり、稲作に関係した行事だったと見る方が自然でしょう。

 最後に、「鬼には、恐ろしい鬼と、幸せをもたらす鬼(来訪神)の二種類の鬼の存在することがわかります」とある。

 これで、宇摩説の説明が不要になる結論です。

 この発生を語れば、そのまま宇摩説です。つまり、宇摩説は、民俗学では謎となっている、鬼の発生の謎も解けると言うことです。

 この関連が、童話の、「桃太郎」や「一寸法師」です。鬼は本来人々に幸福をもたらした。つまり、高天原から天下った地域の指導者だったから、本来は幸運の神だった。

 この解明からは、まだ、山姥なども、高天原の天下る神であったが、一面を取り上げて、鬼婆にしたのであり、改心して祭られたと言うのは、後の付会説である。

 鬼は、元は人々に福をもたらす神であったが、700年頃に朝廷によって悪者にされて、追放の対象となった。これを全国で行ったのが仏教だった、と言うことです。

 以上で、宇摩説の鬼についての説明を終わります。

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