カテゴリー「日本古代史(卑弥呼)」の432件の記事

2010年9月18日 (土)

Ch.桜<動画>石平・加瀬英明・水島総「徹底解明!此処まで違う日本と中国」

  はじめに

 今日のCh.桜では、三つの動画が気になった。それぞれ視聴して見て、一番長い、「徹底解明!此処まで違う日本と中国」の動画を載せる事にした。

 内容は、これまで私が中国・朝鮮の儒教社会の基礎的解明大分前から書いているが、これを具体的に説明している。例えば、儒教国は嘘を奨励したなど、説明がある。

 また、日本文化と中国(・朝鮮)文化は逆なども、話している。これらは全て宇摩説で書いたものだ。しかも、宇摩説では発生理由まで書いている。一段と深いと言えるだろう。

 だから、ゲスト(著者二人)の話しも、評価できるが、一部にあやふやで知識が欠けている事も判る。だから、これを見て、宇摩説は凄いと自分で勝手に思っている。

  Ch.桜<動画>石平&加瀬英明

 「徹底解明!此処まで違う日本と中国」

http://www.youtube.com/user/SakuraSoTV?gl=JP&hl=ja#p/u/5/M8vFOXcYW5Y

<35:41>

<動画説明>2010年09月16日  | 再生回数 5,250 回

加瀬英明氏と石平氏のお二人で著されたばかりの『徹底解明!ここまで違う日本と中国』をご紹介いただきながら、両国の長い歴史と現状を踏まえた上で、中華思想の実像や、日本と中国の違いなどについて共に考察する「知の冒険」を通して得られた中国論・日本論の真髄についてお聞きすると共に、尖閣諸島をめぐる問題についてもご説明いただきます。
・・・コピー終・・・・
  <見ながらメモ
 徹底的に軍事力が不足している。
 友好と親善の違い。

 儒教は嘘を教えた。

 丹羽宇一郎大使が悪例を作る。

 日本は毅然と対処する。

 国として自立する。

 中国の実態を知る。

* 宇摩説で中国・朝鮮の儒教国、嘘と贋物文化を書いている。

  視聴して思う
  宇摩説の解いている中国人社会、文化、思想を基本認識として知っていれば、これらの話しが好く判るだろう。同時に、多少間違っている点まで判明するだろう。

 日本人は中国人を誤解しているし、学校もメディアも中国の実態を知らせて無い。反日・妄想左翼は思考の中で作り上げた夢を実態だと思っている。
 反戦平和団体も同じであり、現実の中国・朝鮮人を知らないのである。これは反日・妄想左翼は歴史を知らないためであり、愚者の知識なのだ。
 逆に無学な私が宇摩説で適切な中国・朝鮮の基礎認識を書けるのは、歴史を知るからだ。歴史を正しく知ると、賢者の知恵になるのだろう。とにかく、多くの日本人に読んで欲しいと思う。
 

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2010年8月 6日 (金)

在特会<動画>毎年靖国神社を荒らす高金素梅来日阻止街宣。法務省前

  はじめに

 ここ数年、毎年のように台湾から訪日して、靖国神社で騒ぎを起こしている高金素梅が、ネットでは有名だ。日本で沢井げ帰国した後、中国訪問で胡主席と会談した事も知られる。

 つまり、日台離反の運動を中国に指示で行ったと見るのが普通の見方であろう。同時に、日本の反日・左翼・在日の約国廃止運動に協力した。

 これらの流れを見れば、日本の歪んだ思想団体、軍備不要・戦争反対・核武装反対・9条を守る会・平和などと同類であり、全て中国の影がある。

 今の日本は、中国・韓国・米国などの情報戦や工作員の工作が行われている。これをメディアが応援しているから、多くの人は複雑な攻撃状況が一切知られてない。

 日本の崩壊を止める最大の手段はメディアの偏向・捏造の事実周知で倒産に追い込むこと。民主党の日本破壊法案の周知と反対運動、民主党の税のばら撒き反対などである。

 メディアガ隠して、多くの国民が知らない間に日本の崩壊が始まっている。個人が出来る事は小さいが、皆でやれば大きくなるし、社会を動かせるのだ。

  靖国神社と英霊

 靖国神社については、日教組がデタラメの日本軍を教えているので、「宇摩説の凄い日本」で、日本軍が植民地解放に尽くした事実、60年過ぎても、感謝の日本軍歌のパレードなどを紹介した。

 これは、日本が古代から、平等な理想社会を作っていたから、此の社会で育つ人日の当然の判断であり、西洋列強の人種差別・植民と製作には否定的だった。

 だから、今、併合100年の謝罪などと言っているのは韓国・在日の嘘で金儲けを考えているだけだ。民主党の仙谷・菅などの思考は、肝心な歴史的事実が抜けた間抜けな思考である。

 

  高金素梅の来日反対街宣

 台湾の高金素梅は靖国神社で、ここ何年か暴行を続けてきた。これは、日台離反や、靖国神社廃止を企む工作である。ネットや街宣で反対の声をあげよう。

 なお、この様子は「靖国神社」などで検索すれば見える。

http://www.youtube.com/watch?v=m8T4raUln_E

<6:42>

<動画説明>

高金素梅および不逞台湾人の入国禁止を求める抗議活動
2010年8月3日(火)法務省前
<在日特権を許さない市民の会>

  見て思う

 外国人が来日して日本文化を壊そうとする。これを許して来た法務省、日本を守るには、法を順守しなけらばならないのに、民主党政権で、中国人の多量生活保護など緩んでいる。

 民主党政権はまだ半年余りなのに、中国人観光客の増大など、国防動員法で何時中国兵に変身するか分からない中国人を誘いこんでいる。恐ろしい動きである。

 処で、民主党は選挙前には隠して来た朝鮮学校の無償化を進め出した。つまり、嘘で選挙をして来たという事であり、小沢・鳩山・菅・仙谷と、日本人思考で無い嘘思考をする。

 今の日本は問題山積で、隠された事実の周知が必要な物が山積している。だから、みんなが個々にブログに書いて、一人でも多くに知らせる事が大事である。

 

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2010年4月11日 (日)

イザ!のアクセスが200万達成、ありがとう。革命の古代史「宇摩説」がジリジリ広がる

  はじめに

 2006年6月5日に、ネットを初めて、今日、2010年4月11日の4年弱<3年と10ヵ月と6日>で、アクセスが、待望の、200万を達成しました。ありがとうございました。

 今日 1,428 アクセス 

 昨日 1,699 アクセス 

 累計 2,000,189 アクセス

 * イザ以外の幾つかのブログも合計すれば、ほぼ同数のアクセスがあったと、推測して居ます。だから、多分、総計は、400万程度と予想されます。(<サイトによって累計が出無い>

 私の古代論は、邪馬台国は西日本の中心、北四国の中央部、宇摩郡と言う事で、常識と違っている為に、訪問して数頁の記事を読んだだけでは、「危ない人」との思われます。

 こんな状況で、定期的に継続アクセスしてくれる人が残って、現在は、イザ!で、2,000~3,000アクセス。同時に始めた、Gooでは、1,000~1,500ほどのアクセスに成っています。

  妨害と日本社会

 個人が自分の思いを公表できる手段は大変ありがい物です。しかし、思想・言論の自由の国である日本で、これを弾圧しようと言う、影の動きも結構多くなっています。

 思った事が言えないと言う暗黒社会にしようと言う、自分たちの思想、宗教こそが最高だと洗脳された組織や団体が、日本で大きくなっているのです。

 先日も「エホバ」の勧誘者が訪問して来たのですが、キリスト教は、イスラム教、ユダヤ教と同じ、一神教であり、新興宗教も居祖と言う一神教です。

 一神教の信徒は、自分たち以外の思想・言論を許さず、敵視します。日本人は、日本と言う土台、基礎をしっかり知る事から始めないと、間違った知識に騙されます。

 日本の周辺国は、日本社会と違った非常な社会を、1,000年以上も生き抜いて来たために、嘘と贋物の思考をするようになりました。

 一方、正直と安心社会を育てて来た日本人は、1,000年以上と言う年季の入ったウソにはたわいもなく騙されます。今の日本の左翼の内で、中・朝に騙され続けている人は多いでしょう。

 人は信じ込んだ物事を否定するのは、大変な努力が必要です。宇摩説の普及が遅いのも、この為です。宇摩説は多くを読めば読むほど、科学的・合理的は新古代史と判ります。

 しかし、多くの人は自分の常識が拒否反応を示して、宇摩説を調べようとは思わないし、敬遠するのです。それでも、とうとう総計で400万アクセスになりました。

 宇摩説の日本古代史から、現在までの知識を得て、社会に起こっている事を、日本人として、正しく評価できるようになって欲しいと思います。

 とにかく、お陰さまで、宇摩説は少しずつ、広がっています。ネットのお陰です。

 「日本は弥生時代から凄かった」と言う宇摩説の解明は、今後の日本に必要(日本人の基礎知識)な説だと思っています。今後もよろしく

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2009年11月11日 (水)

宇摩説の纏向遺跡(九州と近畿)。Ch.桜、大高未貴の沖縄とダライ・ラマ法皇講演

  はじめに

 先に邪馬台国論争の「邪馬台国は何処に在ったのか」という動画で、九州説と近畿説の説と宇摩説の見解を書いた。

 今日、Googleを見ていると、再び「邪馬台国の証拠が纏向遺跡に出る」などの記事が、毎日・読売・朝日等の記事なっている。

 そこで、宇摩説としては、一言、書く必要が有ると思った。先の記事と重複になるが、再度、宇摩説の九州と近畿の地位(視点)に付いての記事にする。

  古事記で解く邪馬台国

 宇摩説では古事記の冒頭に、「天地初発の時、高天原に成る神の名、天之御中主神、次に高御産巣日神、次に神産巣日神」とあるのを、三地域の代表としている。

 この三人の神を、中国・四国(瀬戸内海の南北)の主、九州(西海)の主、近畿(東海)の主だとしている。だから、近畿の卑弥呼時代の遺跡が出ても、古事記から近畿の主の物だとする。

 宇摩説では古事記から、日本の主が天之御中主神(卑弥呼時代は天照大神)だとしている。邪馬台国(高天原)は、燧灘の南側、宇摩郡だとする。

 卑弥呼の時代は弥生後期とされる。これは、青銅器と鉄器の時代である。そして、この分布は西日本である。つまり、古事記神話の舞台と一致する。この通信に都と云うのが宇摩説だ。

 この古事記の詳細は「やさしい古事記講座」で、読まれたい。

  纏向遺跡の宮殿跡(新聞記事)

 相変わらずの、邪馬台国論争だ。近畿地区の考古学者は纏向遺跡を比定するし、九州説の安本氏は、これを否定する。共に相手が違うと言うのだから、共に間違いと云うのが宇摩説である。

  毎日新聞

 記事は多いが写真が少ない。

関連記事に、安本美典氏の巻く向くでは無いとの本の紹介が有る。これで、確定には至らない。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20091111k0000m040025000c.html

   asahi.com(朝日新聞)

 朝日新聞の記事は写真が多く、柱穴による復元模型もある。

http://www.asahi.com/culture/update/1110/OSK200911100082.html

 現状を見るにはこちらの記事の方が良さそうだ。

  大高未貴<Ch.桜、09,11,9>

 「沖縄は何故ダライラマを呼んだのか」

  はじめに

 Ch.桜の大高未貴さんは簡単明瞭の核心を話すので切れが良く、判り良いから、私のように年寄りでも直ぐに頭に入るので、大変好きな人である。

 前にも一度、大高さんがチベットを訪れた時、チベット僧に「日本はすごい国だ」、「もっと自信を持て」と言われたという話を取り上げた。

http://kabu003himiko.iza.ne.jp/blog/entry/1265021/

 日本人は魂の階級で言えば「特権階級だ」と言う話であった。この際、上のURLで、もう一度読んで、日本人の凄さを再確認しよう。

 さて、今回の大高さんは、謎に満ちた沖縄新報のダライ・ラマ講演だ。反日・左翼で中国寄りの沖縄で、中国が嫌うダライ・ラマの講演が有った。非常に不思議である。

http://www.youtube.com/watch?v=DvjffjYzc2Q&feature=youtube_gdata

 先日、沖縄新報がダライラマを呼んで講演をした。不思議な現象だが、理由らしきものを、聞いて来たようだ。

 面白いから、ぜひ動画で見て頂きたい。左翼は知能が高いと自慢するが、固定知識は欠陥知識だとよく判る。

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2009年8月18日 (火)

古事記が基礎の宇摩説の倭人伝(21) 卑弥呼と皇帝と太鼓台(9) 新居郡太鼓と嵯峨天皇と起源論

  はじめに

 新居浜太鼓で、「嵯峨天皇が尊崇した」と云う、伝承が有った。しかし、10年余り前の新居浜市の関係文書からは見いだせず、市の関係者に電話で何度か問い合わせた。

 どうも、三島の「IS」先生の新居浜講演から、江戸時代起源説が幅を利かしてしまったようだ。だから、「嵯峨天皇尊崇」は迷信とされて消えていたが、その後どうなっている事か?

 例え、迷信で有ったとしても、有った伝承は、市の菅書物には残しておくべきであろう。簡単に現在の知識で葬って良い物では無い。

  嵯峨天皇と新居郡(新居浜・西条)

 「嵯峨天皇が尊崇」は、終戦間も無い頃に出た「写真で見る日本」の記事に残っているのだ。太鼓台写真に付随した記事に在る。つまり、終戦後まではあった伝承だ。

 こうなると、嵯峨天皇は(786-842)だから、江戸時代から、一気に800年程度遡って太鼓台が有った事になる。しかも、この時に天皇が尊崇する太鼓台の歴史が有った。

 天皇が全国を見まわして、尊崇したのだから、半端な時代ではないし、由緒も確かであった事を示すものだ。宇摩説から言えば当然ともいえるが、、、。

 嵯峨天皇は幼名を「神野」と云う。この名は、新居郡の前の名、神野郡の名を取ったと言う。そこで、地元では、恐れ多いと、新居郡に変えたと伝わっている。

 また、お仕えした乳母が西条の出身だとか、嵯峨天皇は、前世が石鎚山で修業した僧だとか、面白い話が残っている。(*物忘れで書籍名は出てこないが、有名な本だ)。

 地元の尊崇の伝承は、天皇の幼名などで新居郡(西条・新居浜)との縁が有る事は確かであり、事実と見て良いだろう。つまり、資料的にも、IS先生の江戸発生説は間違っている。

 なお、新居浜で行った、IS先生の江戸起源講演は、相当にもめたらしい。たぶん、上の伝承を持ち出されたのだろうが、この先生の伊予三島市での肩書で押し切ったようだ。

 前回、卑弥呼の謎を解く(基礎編)で、今回書いたより詳しく、先に書いている。これらはイザの私のブログで「太鼓台」を検索するか、分類の悪いフォルダで、見る方法も有る。

 IS先生の起源論では、「西条の絵巻物に二台の太鼓台が描かれていて」、と書かれている。しかも、前後を読むと、西条の絵巻物、伊達藩の絵巻物も調べたと勘違いするように書いてある。

 そこで、先に簡単に紹介したのだが、絵巻は下の図の上図のように二台では無い。絵ハガキは絵巻物が切られていた。だから、この論は絵巻を見ずに書かれた物だ。

 先生の言う、どちらかでも見ていれば、二台で無い事は直ぐ分る。この二巻有るような話も、創作である。

 贈った絵巻を送り返したのだから、アチラに有るわけは無い。つまり、この先生は絵はがき一枚で、太鼓台の起源を上手に創作したのである。

 そして、太鼓台の起源を知りたい人が多いので、各地の行政機関がこの先生を呼んで講演した、これが香川県・英保険全域で行われたのである。こうして、太鼓台は江戸起源説が広がった。

 新居浜だけは先の伝承が知れ渡っていたので、紛糾したが、その他の地域には、古い事を示す伝承が無く、時代特定が難しかった所に、江戸時代と明言したので広がったのだ。

 これは、宇摩説が解いたように、この形状が弥生の穀倉に一致する。飾りの図柄、伝承、船神輿など、個々の検討が全くない起源説が創作されて、広がった物である。

 何も知らない所にそれなりの肩書の人が創作説をだすと、後から出た宇摩説の「太鼓台の起源は卑弥呼の創始」より、常識的に江戸時代の方が信じやすいから、考えも無く広がっている。

 何だか、朝日新聞・毎日新聞や偽装慰安婦でも、「知らない人に嘘を広げる」と、同様の事を書いた。人間のする悪事は、古代も今も、国も越えても、似たことをするものなのだ。

 なお、イザ!のブログで、初めの頃に太鼓台を、もっと詳しく、書いたブログが有る。更に、写真や、伝承、図柄などを知りたい人は、次回に幾つかURLを探し出して紹介する。

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2009年7月23日 (木)

邪馬台国はどこなのか(2) 吉野ヶ里と箸墓古墳、宇摩説の見解

  はじめに

 日本人は「歴史は生活に役立たない」と、多くの人が思っている。これは、現在の歴史教育が悪いせいである。本当に役立たないのか?

 近年、学校で教えなかった近・現代史が、ネット世界で、ブームを呼んでいる。田母神論文が全国で引く手あまただが、これも歴史の問題である。

 何故か?反日・左翼・在日が嘘を云って、同類の報道も援助記事を書いて金をタカルから、言ってる事を調べるために、資料の発掘に目が行ったために嘘と判り起っている。

  歴史は必要

 近・現代史は、韓国の嘘、報道の嘘、慰安婦問題に威力が発揮されている。また、竹島問題でも、対馬問題でも、嘘を垂れ流す報道や韓国人の対応に必要になったのだ。

 韓国や報道の嘘を看過すると、その偽造の物事が日本人への謝罪と補償と云う請求書になって、押し付けられるのだから、のんびり趣味に時間を取っているどころでは無い。

 知らないとだまされて、謝罪や補償をする事になるのだ。これに賛成の人が日教組と報道の洗脳によって結構多いのだ。これを正すには、歴史が重要である。歴史の効用に一例だ。

  古代史も重要だ

 しかし、古代史は、まったく、見向きもされない。しかし、本当らしい嘘を云うのは、近代だけでは無い。日本人は朝鮮人の血を引いていると、言い出している。

 また、天皇家は朝鮮半島出身だとか言う。これらの嘘に対しても、正しい知識が必要である。宇摩説から言えば、日本人の血が、韓国人にも幾らか有るという事だ。逆では無い。

  現在の史学は創作だ

 天皇家が朝鮮半島だという。征服王朝説などと云う小説が東大教授が出して、今もこの流れが続いているが、征服者は言語や文化を押し付けるものである。

 韓国と言語が違って、韓国に、「礼節」や、「和」の思考が無い限り嘘だ。つまり、東大教授でも、反日・左翼思想を持つと、平気で嘘(妄想)を云い始める例だ。

 今の日本は、大手報道と共に、肩書を持っていても、嘘を云うのだから、自分達や子供達が嘘の被害を受けないためには、親として自分で事実(歴史)を知るしかない。

 ところが、古代史にも先のように、小説・空想を歴史のように偽装した論が溢れているし、多くは「邪馬台国所在論」のように、何の役にも立たない古代史が氾濫している。

 だから、現在の小説の古代史は生活に役立たないのは事実である。歴史は正しくないと、価値が無く、何の判断材料にもならない。間違いを使うと、判断も間違えるのだ。

 私のブログでは、古事記を基礎にした革命古代史、宇摩説を基礎にした時事を書いている。これは、古代史が現在に役立つ事を示すものだ。つまり、正解だと2000年後でも利用できるのだ。

 さて、前置きが長くなった。次の動画で一休みしながら見て下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=fs5wEyj5EcI&NR=1

 * 高島氏、破鏡が多い。死者の霊の封印、祈祷=卑弥呼

 宇摩説の見方、鏡は古代の通信機器であり、これを与えられた人は、毎日山に行って、高天原からの通信を受けていた。これは、昔話に毎日山登りの爺さんの話が残るで判る。

 この老人(長老)の死によって、不要となった鏡の破棄が破鏡であろう。だから、卑弥呼に結び付くのである。また、卑弥呼が貰った鏡、100枚も同様である。

 また、先に、「やさしい古事記講座」の大国主で、鏡の配達役であった神を、スクナビコナ(小名毘古那)の神で、大国主に協力して国を作ったり固めたと説明した。宇摩説はアチコチに関連する。

 * 吉野ヶ里遺跡、紀元前。都市国家。

 宇摩説では、九州全体が、高天原の傘下である。だから、卑弥呼の居城に似た、都市国家があっても不思議ではない。宇摩説では、吉野ヶ里国を滅ぼしたのが、熊襲だろう。

 この辺りは、著書1(『神話と宇摩(天・邪馬台・日)』)に、古事記や、地名、神名で、倭人伝に残る九州地域の動乱を詳述した。南の熊襲が、北九州に攻め入ったのだ。

 この争乱が大きかったので、天照大神の長男が北九州に天下ったが、収拾がつかず、「いたく、さやぎてあるなり」と、高天原に帰ってしまった。この戦いで、吉野ケ里は滅亡したと見ている。

 また、長男の覇権で収まらず、卑弥呼(天照大神)は、中国に相談したのが、倭人伝に残ったのである。行程は「卑弥呼の好物」として、多くの贈り物をする。これは、国を治める品物である。

 品物毎の意味は、学者の説で解いたものは無いが、宇摩説では、個々にその意味を解いている。先の鏡もその一つだ。

 * 春成氏、箸墓古墳、年代。=卑弥呼?240~

 箸墓古墳に付いて、作られたのは卑弥呼の死に近いとしても、卑弥呼であるかどうかは、確定できない。また、古墳の原型は宇摩郡の山腹にレリーフが在る。

 古墳の丸(頭部)は円形だが、宇摩の頭部は丸顔では無く、細長い顔になっている。この方が史実に近いと思う。これは、卑弥呼の時代に作られたものであり、都の目印だったと見ている。

 宇摩説では、傘下の東の国に居た権力者であろうと思う。古事記から言えば、刺し国(栗・串・櫛文化国。銅鐸文化)の王か、女王であろう。

 学者は、この古墳の主を、想像でしか述べられない氏、一人は、名さえ出せない。これが、現在の史学であるが、宇摩説では、古事記から、近畿の国を説明している。

 と云った処で、宇摩説が革新的論である事は判るだろう。

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2009年5月18日 (月)

日本数字と中国数字 中国史書にも残る「日本の二つの政府」と童謡

  はじめに

 先に中国文献にも残る日本の「二つの太陽(政府)」について、高天原と朝廷の政争だった説明しました。これは、人々が知らない、判らない所でも進められました。

 その一つが童謡(わらべうた)にも残ります。多くの仏教寺院は、最初は伝承などの意味に合った漢字が当てられて、次には音読みに変えるのです。

 これは、「みなもと・タイラ」などで、説明したように、源・平を当てて、後には、源氏・平家と音読みになるのと同じです。だから、お寺もほとんど、音読みでしょう。

 音読みによって、使っていた日本語が持っていた意味による歴史が消えるのです。だから、前回の「田蓑」は、この変更の初期をしめします。

  現代日本の(だます)組織

 詐欺師は騙すのが商売で、殆どの人は騙されている事に気付きません。そして、現在の世の中は、新興の思想・宗教をもって、多くの人を騙していますが、其の事に気づかないのです。

 騙されて、手足のように使われて、集団ストーカーを行ったりしています。憐れとしか言いようがありません。この人々はなんと無駄な人生(時間)を送っている事でしょう。

 これらの組織の手練手管(もっともらしい話など)に乗って、組織に入ると、蜘蛛の糸に掛った虫のように、ジタバタしても、食いつくされるだけです。

 人々を騙す方法を歴史で見てみれば、二つの太陽の時代にも起こったと見られる、下のようなわらべ歌があります。

1、ひいふうや(手まり唄)

    ひいや ふうや
    みいや ようや
    いつやの むさし
    ななやの やくし
    ここのや とおや

2、ひとめふため

    ひとめ ふため
    みやかし よめご
    いつやの むさし
    ななやの やしろ
    ここのやで とお

3、いちじくにんじん

   いちじく にんじん
   さんしょに しいたけ

   ごぼうに むかご
   ななぐさ はじかみ
   くねんぼに とおがらし

 これらは、見れば判る通り、数字が元になった歌です。

  日本数字

 1~2は、日本古来の数字で、「ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・こ・と」と、一音でも数を云う事が出来ます。

 この「ひふみよいむなやこと」は、古代のまじないの言葉にもなっていました。例えば、鈴を振る時に「ひふみよいむなやこと」と唱えるのです。

 高天原の呪術・祈願の一つでもあったわけで、朝廷にはあまりうれしくない言葉です。高天原の念を恐れる(怨霊騒動)朝廷は、これを隠したいと思ったようです。

  中国数字

 3の数は、「いち、にい、さん、しい、ご、む、なな、はち、くう、とお」とバラバラですが、現在一番広がっていますが、これは朝廷が中国語から作った数字です。

 なお、この中の六は、「ろく」ではなく、「ム」と言っています。もともとあった日本語の数字です。元々あった、類似の数え唄が紛れ込んだのでしょう。

 一音ずつで、ひふみよいむな、と7音で7まで表すが、中国数字だと、「い・ち・に・い・さ・ん・し・い」、八音で、4までしか、云えない。本当は不便な数字だ。

 さて、高天原は従来の数字を残そうと教えるし、朝廷は新しい中国に近い数字を普及しようとした。この時に、子供に親しみよい、そして古代からの数え唄を利用したのが残る。

  中国数字の普及

 実は、数え唄を、日本数字と中国数字で見分けて行くと、多くの場合は紛れ込んだり、変更された事があると判ります。この新しい数字の普及に尽力したのが坊さんです。

 「山寺の、和尚さんは、、、、」などと、和尚さんが手まり等、子供に関係するのも、朝廷の意向に沿ったもので、これらの流れの一つでしょう。

  政治的動きは昔も今も

 このような史実が判ると、現在の報道が行っている反日・左翼に偏った報道が、人々に選択した知識だけを広げて、知らない間に破滅に導いています。

 つまり、平穏に改革するには、思想の普及であり、不都合を消して、好ましいものを広げるのです。昔は子供でしたが、今は良い大人が乗せられています。

 社会に新しく広がる物の裏も、中身も吟味しないで自分の知識として取り込むと、この軽率のためにPCに呼び込んだウィルスのように繁殖して、国が滅ぶ選択をする事になる。

  反日思想から身(国)を守る

 幸い、今はネットによって、反対の意見も読む事が出来る。このわずかの時間を惜しんで、日本が滅亡する事の無いように、特に若い人は知識を広くしてほしいものです。

 なお、古代日本の二つの太陽は、「本家と分家」ですから、どちらになっても、生活に大きな変化は無かったのですが、一つが他民族(朝鮮・中国)などになると、奴隷の生活になる。

 これは、チベット・ウィグルが証明しています。また、「北はこの世の楽園」と云った欠陥知識の反日・左翼の学者や組織、報道に乗らないように、日本の基礎知識が絶対に必要です。 

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2009年5月17日 (日)

まんが昔話と宇摩説(38) 「かっぱとひょうたん」 娘に恋した河童の汚職

  はじめに

 前回は、スズメとひょうたんの関係を、説明した。そうして、もう一つ、河童と瓢箪の話を紹介する。この話も、宇摩説の解明を基礎にすると、史実が浮かんでくる。

 このヒョウタンの話は、大きな普通の瓢箪として語られている。が、、、、。本当は?

 「かっぱとひょうたん」

http://www.youtube.com/watch?v=xwEh4_yMRFg&NR=1

 この話は以下のようになっている。

 爺さんと娘は、瓢箪の形の山の頂上に田圃を作った。

河童は、娘に恋をした。

 田んぼの水が枯れる。

水を運ぶが追い付かず。

 寄って来た河童に水を頼む。

河童は、水を引いたらどうする?

お礼に娘を貰う約束をする。

 次の日、水が入っている。

嫁入りを断ると水が枯れる。

 水を引いてくれ。約束を守る。

たちまち、水があふれる。

 娘は河童の処に嫁に行くと云う。

ヒョウタンを嫁入り道具にして、

 河童は背負って水にはいる。

何度やっても浮き上がる。

 河童は化物と思って「化物を退かして」、

娘さんとは一緒になれない。

 田んぼの水は、守る。

 胡瓜を育てて、水守りのお礼に胡瓜を流してやる。

 

 こんな内容だが、宇摩説を基礎に見ると、話が少し違ってくる。

  宇摩説の河童と瓢箪

 宇摩説では、河童は水路の神としているから、水田の水路は本業である。これを用いて、一目惚れの娘に迫った。

 宇摩説では、ひょうたんは、「日の用事をするタン(使者)」と解いた。娘はこの「ひょうタン」と共に、河童の処に行って、ひようタンが説教をした。

 河童は、自分が悪かった事を悟って、身を引いた。しかし、水路の神としての働きは続けたので、お礼に胡瓜を作って、お供えした。

 このような史実が元で作られた話であろう。だが、事実より、話の方が面白い。それは、瓢箪は水や酒を入れる常識を、別の視点で語った事に因るのだろう。

 しかし、宇摩説で解いた史実は、全国各地で起こった事のように思う。このように、昔話からも史実が判るのが宇摩説である。

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2009年5月16日 (土)

地名と歴史(14) 宇摩説の地名解釈 大阪・佃島への変更と元の田蓑(たみの)

  はじめに

 大阪地名を書き始めて、平=ヒラ・タイラ・ナルなどの宇摩説解明を、書いて来ました。今は、昔話で少し休んでいますが、nihonhanihonさんが、面白い地名を紹介してくれました。

 産経新聞の記事などから、佃島の元は、「田蓑」だったと云う話です。

http://nihonhanihon.iza.ne.jp/blog/entry/1037166/

 面白いので、コメントをしました。コメントだけではもったいないし、大阪地名の歴史を探る話を書いている事もあり、ブログにする事にしました。

 上記ブログに書いたコメントは下のようなものです。

        *****  コピー  ******

 佃への変更の元は、その通りだと思います。

田蓑(たみの)の元は、田・蓑で正しい字であったと思われます。

 実は、昔話に、「みの」の話が良くあるので「みの」にも何かあると気になっていました。

 この話を読んで、考えてみると、稲作の田植えは、梅雨時です。雨の中の晴れた日を待っていると、時期を失います。雨の中でも田植えをする事が多いのです。

 そこで、高天原は稲作指導の一環として、雨から身を守る物が必要と考えたでしょう。高天原は、あちこちの情報から、蓑を改良して人々に伝えた。(こんな史実が想定されます)

  田蓑の記念地名と語源

 この田蓑は文字通り、「田用の蓑」でしょう。と、この地名は、1、田の蓑の元の地か、2、近畿に最初に伝えた地、のどちらかを記念して付いた事になります。

 そして、これが地名となる事は高天原が関係した事を残します。朝廷には高天原の統治を示す地名なので、大変不都合だった。そこで、朝廷の地名変更などの関与があった。

(* 少し、修正しました。)

        ****  終り  *****

 nihonhanihonさんのブログと併せて読めば、よく理解できると思います。

 何故か、朝廷が絡んで地名変更をした。この理由も宇摩説では明解です・そして、地名はそれなりの出来事が無いと決まりません。

 上のコメントを、もう少し詳しく書いておきます。

 1、田蓑の住民が一番防水の良い、動き易い蓑を作っていて、これに改良を加えて、全国に稲作の道具として、高天原が広げた。この元になった喜びを残すために地名にした。

 2、高天原で改良された防水の蓑は、再び、ここに持ち込まれて、元の蓑を称賛すると共に、関西(引いては日本)の最初の使用地となった。この名誉を残すために地名にした。

 こうなると、田蓑の地名は、高天原と国々との関係、また、高天原の政策まで残す地名となり、弥生時代に高天原が存在して、日本を導いていた事が明確になる。(朝廷に不都合)

 また、内容から、この出来事は、ニギハヤヒより古い、弥生初期の可能性もある、由緒ある地名と云う事になる。こんな流れが一番自然でしょう。

 今は蓑を使わない時代になったが、笠と蓑の防水方法は、終戦後も処によっては最近まで農家に残っていた。

  宇摩説の弥生(神話)社会

 宇摩説の解いた神話(弥生)時代の高天原は実力主義社会であり、努力が実ると、褒美や高天原の役職などを与えて出世する社会でした。

 このために、人々は自分の興味のある事、好きな事に励んで、知識や技術を高めました。日本人の勤勉は、弥生社会が行った政策によって育まれたものです。

 これらの知識・技術の進歩を収集できたのは、高天原と国々の交流が多かったからであり、これらの交流・人材についても、宇摩説では解いています。

 宇摩説は古事記の歴史的解明が基礎です。これらは、「やさしい古事記講座」で、説明しています。そして、この解明による謎解きが「昔話」や「地名」です。

 新しい人が、これらを読んで、宇摩説の基礎を知らないと、常識でこじつけだと思う人がいるかもしれないのですが、宇摩説は多くの謎解きで整合しているのです。

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2009年5月 7日 (木)

地名と歴史(13) 宇摩説の地名と解釈8 ヒラ(平)7 源氏と平家(ミナモトとタイラ)、ナル(平)について

  はじめに

 ヒラとタイラの意味が判ったところで、宇摩説が古代史の解明から、後の歴史も解いて行く例として、簡単に、タイラ(平)家についても、書いておきます。

  源氏と平家

 何度か書きましたが、誰もがよく知る源平合戦の源氏と平家は、ミナモトとタイラです。タイラは、説明したように、高天原から、天降った人や家、地域を云いました。

 そして、ミナモトとは、天下った元、高天原を意味しました。つまり、源平合戦とは、二つの太陽の争いと理解したのです。当時の常識は宇摩説が解いたミナモトとタイラでした。

 これらが影響したから、源氏は氏、平家は家なのでしょう。共に、天皇家から出たという歴史になっていますが、朝廷が地上の高天原の支持者や痕跡を消す、動きの一環です。

 このミナモト・タイラも、後には、源氏と平家と音読み(中国語)にして、迷彩しています。

 関東、「タイラの将門」の乱の「新皇」も、再考が必要だろう。朝廷側の一方の資料しか残らない中で、史実を求めるには、地名や、昔話が重要な検証資料なのだ。

  「平」の特殊な読み方

 辞書では、平を訓では、ヒラとタイラとあるが、実は、愛媛県では、平と書いて、「なる」と読む地名が時折存在する。この例は「マンガ昔話」にあった。

 マンガ昔話の愛媛・松山の話に、「長者ヶ平(なる)」というのがある。平をナル(成る、為る、生る)と読むのは、宇摩説なら簡単に説明できる。

 「ナル」の宇摩説は歴史的解明だから、ヒラ(日・等)、タイラ(タイ・等)の指導に因って、ナミからナギ(平ら)にナッタ(なる)地と、簡単に説明できます

 宇摩郡のバスの終点が、旧宇摩郡新宮村堂成(=平。どうなる)と、新居浜市の東平(とうなる)があったと思う。もっと多くナルの地名があった様に思うのだが、、。

  ナルはタイラな地?

 そして、思い出せば、「堂成のナルは平らな地だ」と教えられた。平を意識した説明で、今の私は、別の解明になっているが、教えられた説明は地形説で、「平=ナル」と思っている。

 平を平らな地と決めた話だが、ナルは神や人が住んで、または、人が開墾して、ヒラ・タイラに成った地との言うほうが、歴史的であることは間違いない。

 古語の平野・野原は、「ナ」と云ったと説明される。ナが平原や野であっても、日本古代の平地は原生林だった。つまり、野にナル(成った)のであり、成るには人手が必要だった。

 「地名用語語源辞典」を見ると、「ナル」は、愛媛の他に、京都府竹野町、鳥取県、岡山真庭郡の方言に、平坦地、傾斜地などの意味で残るという。

 「地名事典」のナル地名を見ると、宇摩説がナルは平坦ではなく、成功と説いた。この「成」の字を使うものが結構あり、特に、東に多いようだ。ナルに平を使う所は無いようだ。

 西日本は指導を受けたようにほとんど「鳴」だ。なお、先の「堂成」、「東平」も、下の「成川」も渓谷で山間部である。地名学の地形説明は日本全国の山間部に当てはまる。

  ナル地名

 ナルが付く地名は、奈留(長崎)、鳴尾(兵庫県)、成川(愛媛県・山間部)、鳴子(宮城県)、鳴子川(大分県)、成子坂(東京都)、鳴子(名古屋市)、鳴沢(山梨県)、鳴瀬(宮城県)、成瀬川(秋田県)、鳴滝(京都市)、鳴門(徳島県)、成東(千葉県)、鳴海(名古屋市)、成山(高知県)がある。

 意外と、弥生時代の東日本にも残る。宇摩説は、イザナギ・イザナミは、東西日本の合併だったと解いているが、だとすれば、紀元前になろう。

 二人の離婚で、東西日本は再び分かれる。しかし、高天原の織物・稲作指導は続いていた。これは、オシラカミの伝承が東日本に残る事から、確かであろう。

 こうなってみると、地名からは、宇摩説もこれまで、朝廷側の歴史に汚染した考えで、高天原は東西日本を持っていた可能性が高くなった。

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